学校長コラム「学校長の一膳講座」

和食とさかな

2021年11月29日(月)

 和食の食材には魚が欠かせません。日本は世界でもまれにみる水産資源が豊富な国で、わかっているだけでも日本国内と近海をあわせて3,000種類以上もの魚介類が生息しています。魚種の数は間違いなく世界第1位です。私たち日本人はこれらの豊富な魚介類をふんだんに使って、健康で美味しい和食文化を発展させてきました。

 ではなぜ日本近海ではこんなに魚が獲れるのでしょうか。もちろん理由の一つは日本が海に囲まれた島国だからですね。世界地図ではとても小さく見えますが、実は日本国土の海岸線の長さ(海と国土が面している距離)は、なんと20倍の国土を持つオーストラリアの海岸線の長さとほぼ同じです。そのため、国際法で定められた日本の領海(国土から200海里以内の水域)は、世界で6番目の広さなのです。

 そしてもう一つの理由が「海流」。日本列島の沖合は、北から下りてくる冷たい水の流れ(寒流)と南から上がってくる暖かい水の流れ(暖流)がちょうど交わる場所になっています。そのために日本近海では季節によって鮭やサンマのような寒流魚と、カツオやマグロのような暖流魚が獲れる恵まれた環境にあります。

 でも、日本近海に魚が多い一番の理由はあまり知られていません。それは『日本の河川が短く急流が多い』ことです。

 河川は野山の土壌中の栄養分を下流に運ぶ働きがあります。エジプトのナイル川や中国の黄河など、古代文明は大河に沿って生まれました。この地域では上流に降った雨が季節によって氾濫をおこし、周辺に肥沃な土壌が広がるためです。ナイル川は6,650km、黄河も5,464㎞という長さがあります。それに比べて日本の河川は短く、最も長い信濃川でもわずか367kmしかありません。しかも国土の7割が山岳地帯である日本では、その川の流れがとても急で、上流に降った雨は周辺を潤すことなくあっという間に海に流れ出てしまいます。高温多湿で雨の多い日本では、野山の土の中の栄養分が常に海に注がれ、そこにプランクトンがたくさん発生します。それを餌に小魚が繁殖し、それを食べに大きな魚が日本近海に集まってくるのです。

 このように水産資源に恵まれていた日本ですが、最近ではその様子がだいぶ変わってしまいました。地球温暖化により海流の流れが変わり、今までたくさん採れていたサンマなどは不漁が続いています。このままでは、日本の近海は熱帯系の魚だけしか取れなくなってしまうかもしれません。また、寿司を通して魚介類の美味しさを知った近隣国の乱獲も大きな問題です。この温暖化現象は、過去に経験したことの無い集中豪雨を引き起こし、各地で河川の氾濫や土砂崩れによる被害が続いています。

 日本近海の水産資源が少なくなることは、和食にとっては大問題です。実は和食の世界では「天然モノの魚は良いが、養殖モノは劣る」と考える風潮があります。実際にはそんなことはなく、むしろ海洋汚染などを考えると「何を食べて育ったかわからない天然モノ」よりも「きちんと衛生管利された環境で育った養殖モノ」のほうが高い品質になることもあります。例えば養殖魚にはアニサキスのような寄生虫は発生しないといわれています。肉類を見れば、野生の動物の肉を食べることはほとんどなく、みな衛生的に管理されて付加価値を付けた畜養が主流になっているのですが、魚介類はまだそうではありません。それだけこの水産資源の減少が最近急激に発生しているということだと思います。

 和食が世界中で高い評価を受けている現在、その主要食材である魚介類をきちんと育てることは、これからの日本の食文化にとってとても重要になってくると思います。そのために大切なのは、やはり「人材」。若い人が日本の水産業に興味を持ってもらうこと、そして水産業界に新しい風を起こしてくれることがとても大切ですね。

 私たち水野学園は、そんな人材育成に向けて本校の姉妹校である「日本さかな専門学校」を2023年4月に開校を予定しています。海やお魚に興味がある方は、★こちら★のホームページをのぞいてみてくださいね。

カニの話

2021年11月12日(金)

 今年も「カニ」漁が解禁されました。

 島根県や福井県、石川県など日本海側の地方では、有限な資源を守るという理由でカニを獲る時期を厳しく決めています。毎年11月の初旬から解禁され、オスは3月20日の春分の日まで、メスはもっと貴重なため1月上旬までと制限されています。今年は11月7日から解禁となりました。

  カニにもいろいろな種類がありますが、ここでいう「カニ」とは懐石などの日本料理で一番使われる「ズワイガニ」のことです。大きくてとげのある「タラバガニ」や小ぶりで表面にたくさんの毛が生えている「毛ガニ」とは違って、足がすらりと細長く少し美人な姿をしています。食べ方も多彩で、定番の鍋料理以外にも、茹でガニ、焼きガニ、お刺身、しゃぶしゃぶなどいろいろな楽しみ方があり、お鮨のネタにも使われます。この時期の日本料理には欠くことのできない食材です。

 このズワイガニは、水揚げされた場所によっていろいろと名前が変わります。水揚げ量が全国1位の兵庫県や近隣の鳥取県など、山陰地方で獲れたものは「松葉ガニ」と呼ばれます。また、福井県で獲れたものは「越前ガニ」、石川県で獲れたものは「加能ガニ」となります。加能ガニの名前の由来は、石川県は江戸時代の国名「加賀」と「能登」の頭文字からつけられたそうです。このような地域の名前の付いたズワイガニの中でも、特に京都府京丹後市の間人(たいざ)漁港でとれる「間人ガニ」、兵庫県香美町の香住(かすみ)漁港で獲れる「香住ガニ」が有名で、ブランドガニとして流通しています。毎年カニ漁が解禁されると、この間人ガニや香住ガニを求めて特別なツアーが組まれ、全国からたくさんの人がこのカニを目当てに訪れています。これらの地方は、日本料理の本場である京都市に近いため、ますます有名になっているようです。

 昨年のちょうど今頃、福井県の三国漁港を訪問し越前ガニの市場を見学しました。三国港の越前ガニは毎年天皇家に献上されていることから、「献上ガニ」という別名を持っています。夕方6時から越前ガニの競りが始まり、競り人の大きな声とともにカニが詰まった発泡スチロール容器ごと次々と競り落とされていきます。一杯の大きさはだいたい幅50センチくらいで、重さは2キロくらい。これがこの三国漁港では一杯1万円から3万円の間で取引されます。一つの容器に7~8杯の越前ガニは入っているので、ひと箱で数万円という価格です。これが京都や銀座の日本料理店に3倍から4倍の値段で卸されていくそうです。その値段を聞いてから改めて周りを見渡すと、その晩の取引はおおよそ1千万円以上になることに気づきびっくりしたのを覚えています。

 これら高額で取引されるのは、みなオスのカニです。メスのカニは大きくても幅30センチ未満と小ぶりで、石川県では「香箱(こうばこ)ガニ」、福井県や兵庫県では「セイコガニ」と呼ばれています。こちらはカニの身を楽しむオスとは違い、内子(うちこ)や外子(そとこ)といった卵がとても美味しいカニです。おでんで有名な金沢市にこの香箱ガニをおでんの具材として使った「カニ面」という美味しい料理があることは、以前のおでんの回でお話しした通りです。

 昔から「カニを食べるとみな無口になる」といわれています。確かにカニ料理の宴会は皆食べることに集中して静かになりますね。コロナ禍で黙食が推奨されている昨今、カニは一番良い食材かもしれません。みなさんもチャンスがあればぜひカニを黙食してみてくださいね。


右利き文化の和食

2021年10月18日(月)

 前回の一膳講座で、日本はお箸を横に置くという世界でも例を見ないユニークな習慣があることをお話ししました。実はこのことが日本の食文化においていろいろな点に影響を与えているというお話です。

 お箸を「先端を左に」置くことにより、右手でお箸が取りやすいという状況になります。つまりこの向きにお箸をおくことにより「右利き」の食文化が生まれてきます。すなわち「お箸を右手で持つ」ことが標準となり、主食であるご飯は自動的に持ちやすい左側に置かれます。ここから「ご飯は左」「味噌汁は右」という配置が自然に決まってきます。これが現代の和食作法でも使われています。特にご飯と副菜や汁物を交互に食べる和食では、この配置は重要ですね。

 右利き文化は調理の時にも影響しています。日本料理で使われる和包丁はすべて片刃(刃が包丁の片側だけ)となっています。そのため右利き用と左利き用では包丁の刃の位置が違います。具体的には、お刺身を引く柳葉包丁や、魚をおろす出刃包丁など、右利き用と左利き用ではその使い方は全然やり方が違ってきます。本校では左利きの学生の皆さんが就職後に困らないよう、入学前によく説明をして全員右利きの包丁を使用していただいています。また、すしを提供するときも、右利きの人が取りやすいよう「左上から右下」に斜めにお出しすることが一般的になっています。

 左利きの人は和食料理人にはいないのかというと、そんなことはありません。すしの第一人者として有名な「すきや橋 次郎」の小野二郎さんは左利きのすし職人です。実際にお店に伺ったときに拝見すると、左手で舎利を取り、右手の上にのせてとても起用にすしを握っていいらっしゃいます。でも握ったすしをお客様にお出しするときには、ちょっと手首をひねるというご苦労があるようです。おすしに関しては、まず初めの一貫を真っ直ぐにお出ししてお客様の利き手を確かめ、左利きということがわかれば次からは向きを変えて取りやすくお出しするお店も多いようです。

 実は日本人は左利きが10%程度もいるらしく、世界でも左利きが多いようです。多様性が求められる現在、この右利き文化は良い伝統ではあるものの将来に向けた課題のひとつかもしれません。左利きの方は、配膳されたお箸の向きを直したり、隣のお客様と肘がぶつからないようにしたりと、いろいろとご苦労があることでしょう。美味しいものを頂くときはあまり気遣いをせず、自由に召し上がっていただきたいものです。本校でも調理の時は全員右利きに統一していますが、試食時は自由にしています。左利きの方でも自由に和食を楽しんでいただきたいですね。

お箸の話

2021年09月30日(木)

 私たちがいつも使っている「お箸」。今回はそのお箸に関するお話です。

 食事の時にお箸を使うのは、日本だけではありません。中国や韓国、台湾、ベトナムなどアジア圏では皆お箸を使っています。でも国によっていろいろと違いがあります。中国文化圏のお箸は日本に比べて長いものが多く、全体的に同じ太さで先端が丸くなっています。この長さは中華料理の特徴である「大皿に盛った料理を皆で取り合う」ことも理由のひとつです。材質は硬めの木やプラスチック製が多く、高級なものだと象牙(象のキバ)なども使われています。

 韓国文化圏では金属製のお箸が多く、短めですがやや平べったい形状をしています。韓国ではお箸だけではなく柄の長い金属製のスプーンも一緒に使われます。昔から金属製品を多く生産してきた韓国では、食器類も金属製のものが多く使われています。昔は銀製のものもあり、これらは毒や薬物に触れると変色しやすいので、毒味の意味もあったといわれています。

 日本のお箸は、大人用が平均22.5cm(七寸五分)とやや短めで、先端がとがっているのが特徴です。和食は昔から一人用で提供されることを基本としており、繊細な料理や盛付けをきちんとつかめるためだと考えられています。特に焼き魚の小骨まで取り分けるには、先が細くないと難しいですね。森林資源の豊富な日本の箸は木製が基本で、高級品は漆など日本古来の塗料を塗って装飾などが施されています。

 お箸自体の違いもいろいろありますが、一番の違いは箸の配置の仕方です。中華料理や韓国料理ではお箸を縦に置きますが、日本料理ではお箸は必ず横に置きます。(下の写真を参照してください。)

 なぜ日本だけお箸を横に置くのでしょうか。これにはちゃんと理由があります。

 古来より日本では「食材は神様から頂いたもの」という考え方があります。日本料理の最も古い料理様式は「神饌料理」といいます。神饌料理とは料理をまず神前にお供えし、その後に私たちが頂くという料理様式で、今から1300年以上も前の奈良時代に作られました。このように神様と人々が同じものを食べることを「神人供食(しんじんきょうしょく)」といいます。すなわち目前に提供されたお料理は神様も食べることから、料理と食べる人の間に結界をつくり、料理を神聖な領域内に止め置くことが大切でした。そのために結界の印としてお箸を料理と食べる人の間に横に置くようになりました。お箸を境にして「向こう側は神様と料理を共にする神聖な領域」「こちら側は料理を頂く領域」と線を引いていることになります。

 また、食事をとることは「神様と命を共有する」という行為なので、日本ではそれぞれ「自分の箸、自分の茶碗」を決めておくという食習慣がありますね。このような食習慣を持っているのは世界でも日本だけです。西洋料理のナイフやフォークをはじめ、お箸を使う他のアジア圏でも例を見ないユニークな食習慣だといえるでしょう。

 「お箸を横に置く」ということからいろいろな食文化が生まれてきますが、それはまた次回お話ししますね。

中華料理の食卓
お箸は縦に置かれます


韓国料理でもお箸とスプーンが縦に置かれます

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