学校長コラム「学校長の一膳講座」

富山名物「氷見の寒ブリ」

2020年01月07日(火)

 寒さが本格的になってくると、魚類も脂がのって美味しくなってきます。数ある冬の魚の中の代表格が「鰤(ブリ)」。その中でも、とくに有名な「氷見の寒ブリ」のお話です。

 富山県氷見市は、能登半島の中ほどにあり富山湾に面した港町です。富山湾は能登半島に守られた天然の漁場で、立山連峰から養分を含んだ水が流れ込むため魚介類の宝庫といわれています。氷見の港は、定置網(網を固定しておき、回遊する魚を漁獲する方法)による漁の発祥地ともいわれ、400年以上前からこの漁法で漁をしています。富山湾の定置網で獲られ、氷見漁港で競りにかけられる、形と身質のよい6キロ以上のブリのみが「ひみ寒ぶり」というブランドで流通します。毎年この条件に合うブリが獲れはじめると「寒ブリ宣言」が出されますが、今年は11月20日にこの宣言が出されました。これから2月下旬くらいまでが寒ブリのシーズンとなります。

 ブリは北陸地方で有名な魚ですが、その市場は関西が中心です。稚魚から成魚まで何度も呼び方が変わるため、縁起のよい「出世魚」としてお正月料理には欠かせないものとなっています。富山県のお節料理やお雑煮には、必ずといっていいほどブリが使われています。

 私も11月の下旬にこの寒ブリを味わうべく、氷見市を訪問しました。ブリはお刺身をはじめ様々な調理法で美味しくいただけます。この日は氷見漁港の近くにある「ひみ浜」というブリ料理専門店で、11キロを超えるブリを味わうことができました。まずはお刺身。よく脂がのっていて、醤油につけるとブリの脂が広がります。身質は柔らかく、上品な甘さと旨味が口の中に広がります。続いて煮物の代表「ブリ大根」。この料理の見た目の主役はあくまでも大根ですが、ブリの粗を使って地元産の甘めの醤油と一緒に炊いてあるので、大根を一口食べれば、やっぱり主役がブリだと感じます。その次に「ブリの塩焼き」。厚さ3センチ以上あるブリの切り身を、炭火を使って、皮はパリッと、身はふっくらと焼きあがっています。このお店では、能登の揚浜式塩田でつくった塩を使っているので、塩気の中にも甘みや旨味が感じられ、とても美味しい塩焼きでした。そして、地元ならではの食べ方、「ブリしゃぶ」もいただきました。特に脂の多い腹身をかつお出汁でしゃぶしゃぶして、自家製の橙(だいだい)醤油でいただきます。お店の女将さんのお勧めは「5秒間」しゃぶしゃぶすること。いわれた通りにしてみると表面は見事な霜降りとなり、内側は半生状態で脂の甘みが強まります。最後はしゃぶしゃぶ鍋に、これも地元名物の「氷見うどん」を入れていただきます。初めから終わりまで、まさに「ブリ尽くし」を堪能できました。

 東京育ちの私には、カツオやマグロに比べてブリはあまり馴染みのない魚でしたが、今回の氷見訪問でブリの美味しさに気づくことができました。ただし、残念なことに昨今の地球温暖化などの影響で寒ブリの漁獲が年々減少しており、私がブリ尽くしをいただいたお店でも、「今日は良いブリの水揚げがなかったので、明日は営業できません」というお話でした。水産資源国である日本で、今までのように美味しい魚介類が取れなくなるのは大問題です。日本料理を守っていくためにも、日本の水産資源である魚介類も大切に保護しなければ、と実感させられました。

 皆さんも、「氷見の寒ブリ」に限らず、機会があればこの時期の美味しいブリを味わってみませんか?

ブリ大根
ブリの美味しさがしっかり大根にしみています



ブリの塩焼き
能登の塩がブリの旨さを引き立てています



ブリのしゃぶしゃぶ
お刺身で食べられるブリを、カツオ出汁でしゃぶしゃぶに。



「出雲そば」

2019年12月31日(火)

 今回は、島根県出雲地方の「出雲そば」のお話です。

 あまり知られていませんが、出雲そばは長野県の「戸隠そば」、岩手県の「わんこそば」とともに、日本三大そばに数えられています。島根県の奥出雲地方では古くからそばが栽培されていましたが、それが現在のように有名になったのは、江戸時代の初期、信州松本藩からきた松平直政公が、長野からそば職人を多く連れてきたのが始まりだといわれています。

 出雲そばの特長は、色が濃くそばの香りが高いこと。そばの実の甘皮ごと石臼で挽いてそば粉にします。これを「玄そば」といいます。またつなぎはほとんど使わない、いわゆる十割そばが多いのも特長です。そのため、香りが高いだけではなく、そば特有の栄養価がとても高くなっています。

 また、食べ方にも特長があります。冷たく食べる場合は、漆塗りのまるい器にそばを盛り、一人前3段くらい重ねます。その1段目にそばつゆを注ぎ、食べ終わったら残ったつゆを次の段のそばに移しながら食べ進めます。つなぎのない蕎麦は切れやすいので、箸でつゆにつけるよりこの方が食べやすかったのでしょうか。この器は出雲地方では「割子(わりご)」と呼ばれているため、割子そばという名前がついています。

 温かい出雲そばはもっと面白い食べ方をします。ふつうそばは茹でたあとに水でよく曝して歯ごたえを出しますが、出雲そばは茹でたてのまま器に移し、そこに茹で汁(そば湯)を注ぎ、好みの量のそばつゆを加えて食べます。これは「釜揚げそば」と呼ばれている食べ方です。「釜揚げ」はうどんではよくありますが、全国でもそばを釜揚げで食べるのは出雲地方だけだといわれています。

 割子そば、釜揚げそば共に食べてみましたが、どちらも一般のそばより香りが高くとても美味しいそばでした。特に釜揚げそばは初めての体験でしたが、熱々のそばをそば湯とともにいただくと、そばの全ての栄養をいただける実感がありました。またそばつゆを好みの量に調節できるのもうれしい食べ方です。

 出雲は神話のふるさと。伊勢神宮に祭られている皇室の先祖「天照大神」が日本を治める前から「大国主命(おおくにぬしのみこと)」など出雲の神々がこの国に住んでいたといわれています。和暦では10月を「神無月」といいますが、日本国中の神様たちが出雲大社に集うからだといわれています。そのため、出雲地方では10月を「神在月(かみありづき)」と呼んでいます。昔から神在月に出雲大社で行われる神在祭(かみありさい)の参道には、たくさんの出雲そばの屋台が並び、参拝客がこの釜揚げそばを啜るのが習慣になっていたようです。

 皆さんも、出雲大社に行く機会があったら、ぜひこの釜揚げ蕎麦を食べてみてくださいね。



出雲名物「ぜんざい」

2019年11月18日(月)

 今回は、甘~い「ぜんざい」のお話です。

 ぜんざいとは、小豆を砂糖で甘く煮て餅や白玉団子などを入れて食べる、日本を代表するスイーツのひとつです。よく「おしるこ」と混同されることがありますが、これらの定義は、お雑煮同様関東と関西では少し違いがあるようです。関西では、「ぜんざい」は粒あんで、「おしるこ」はこしあんで作られたもので、どちらも汁気(水分)があります。ところが関東では汁気のあるものは「おしるこ」、汁気のないもの、つまり餡だけをかけたものが「ぜんざい」といわれています。

この「ぜんざい」がなぜ出雲名物なのでしょうか。実は「ぜんざいは出雲が発祥」だといわれています。前回の一膳講座でも少し触れましたが、出雲地方は出雲大社を中心とした、神話の国です。一般に和暦の10月は「神無月(かんなづき)」といわれ、神様が居なくなる月と書きます。ところが出雲地方では古くから10月を「神在月(かみありづき)」といい、日本全国からたくさんの神様が出雲大社に集まると考えられています。ここに集った神様は、出雲大社で日本中の様々な人のご縁を結ぶ「神議(かみはかり)」を行います。この時期のお祭りが「神在祭(じんざいまつり)」といわれ、その時に出雲の人々が神様に「神在餅(じんざいもち)」をお供えする習慣があります。この「神在餅」が出雲の方言で「じんざい」から「ぜんざい」になりました。

 出雲大社の参道にはたくさんの「ぜんざい」屋さんが軒を連ねています。いずれを見ても、関西風の汁気がたっぷりあるぜんざいです。現在ではお餅より白玉団子を使うお店が多く、特に縁結びの神様として有名な出雲大社にあやかり、紅白二つの団子がのっています。また、関東のように餅の上から餡をかけるのではなく、餡の上に餅がのっているのが一般的です。二つの団子が寄り添うようにくっついているのは、いかにも縁結びの神様にちなんで作られている感じがしますね。中には、実際に焼いた餅をふたつくっつけて使うお店もあるようです。「焼きもちを焼いても二人はくっついている」という意味だそうで、思わずほほえましくなります。

 夏には案を冷たくしてかき氷を載せた「冷やしぜんざい」もあります。皆さんも出雲大社に行く機会があれば、ぜひ出雲名物の「ぜんざい」を食べて、良縁を授かってくださいね。



「肉じゃが」

2019年10月28日(月)

 すっかり秋らしくなりました。皆さん、風邪などひいていませんか? 前回の「海軍カレー」に続き、今回も日本海軍がその由来となった国民食「肉じゃが」のお話です。

 カレーが海軍の艦上食として普及したのは、米・肉・野菜などの栄養バランスが良いことに加え、何よりも船の狭い厨房で簡単に調理ができることがその理由の一つでした。同じような理由で、「肉じゃが」も海軍で普及しました。カレーと肉じゃがは、その材料と調理法はほぼ同じで、調味料としてカレー粉を使うか、醤油・砂糖を使うか、の違いだけしかありません。そのため肉じゃがもカレーと同時期から海軍の艦上食として作られてきたのです。

 実は現在、肉じゃがが海軍発祥のため、京都府舞鶴市と広島県呉市が共に「肉じゃが発祥の地」として名乗りを上げています。両市とも海軍の基地があった町で有名です。発祥地が二つある原因としては、明治の有名な軍人である東郷平八郎元帥が関係しているようです。肉じゃが発祥の一説として、東郷元帥が明治の初めにイギリスのポーツマスに留学した際、そこで食べたビーフシチューが忘れられず、帰国後海軍の厨房でその再現を求めて肉じゃがが誕生したという説があります。東郷元帥は帰国後舞鶴と呉の両方の基地に勤務していたため、どちらも「発祥地」の名乗りを上げているようです。でも実際は双方の発祥以前にすでに海軍にはビーフシチューのメニューがあることから、現在ではこの説はあまり確かではないとされています。

 ところで、皆さんは肉じゃがの「肉」といえば牛肉を思い浮かべますか?それとも豚肉ですか?
これには面白い結果があります。東日本では「豚肉」を、西日本では「牛肉」を使うようです。その境目はちょうど日本の真ん中。新潟・群馬・長野・山梨・愛知以東が豚肉、石川・富山・岐阜・三重以西が牛肉のようです。昔から「東は豚、西は牛」といわれていますが、その通りに分かれています。ただし、西日本の中でも鹿児島・宮崎の2県だけは豚肉で肉じゃがを作るようです。さすが黒豚の産地ですね。また、鳥取・島根・山口など、西日本の日本海側では鶏肉で作られることもあるようです。ここにも日本料理の地域性があって面白いですね。ちなみに、海軍で初めて作られた肉じゃがは「牛肉」です。発祥地を名乗っている舞鶴と呉はどちらも西日本なので、牛肉の肉じゃがを元祖としています。

 東京生まれの私が慣れ親しんできたのは「豚肉」の肉じゃがですが、皆さんは牛肉・豚肉どちらの肉じゃがが好きですか?